2015年10月21日水曜日

【資料】ネット地図の境界について

●地図の境界は正確か

 地図をあまり知らない人が地図をネタに何かをやる時、「地図はどこまでも正確である」ことを前提としてしまう。しかし、地図とはそこまで何でも正確に描き表しているわけではないし、現実の人間のスケール(1:1)から見てぴったりな精度を持つ地図などほとんどない。現地を歩行しながらメートル単位で寸分違わぬ(?)情報を得るというのは、市販の地図・ネット地図からだとなかなか難しい。
 もちろん「地図は正確である」としなければ話が始まらないことはわかるのだが、たとえば市区町村の境界の位置が家1軒分どちらかだとかいうのは、地図によってもまちまちだ。そもそも土地境界は地図会社が現地をすべて測量して回っているわけではない。
 このエントリでは、日本の一般的な地図(特にネット地図)における境界についての認識を少しでも持っていただけたらという願いをもとに書いたものである。


●市区町村界も土地の境界

 地図を開くと、地名の境界が描かれている。これはただの線ではなく、敷き詰められた土地の境界線に他ならない。地名の境界は、土地の境界を無視しては存在できない。地名とは、突き詰めて言えば、細かく分かれたひとつひとつの土地の所在を示すためのものであると言える。
 しかしながら、ひとつひとつの土地の境界は複雑怪奇であり(参考:私の架空地図「多米市地番図013008」)、またそれらは登記上存在していたとしても、必ずしも精密に測量されていない。よって、ある地域全ての境界を正しく記載した地図というのはほとんど存在しない(区画整理や国土調査によって少しずつ作られてはいるが)。


●土地境界はどう決まったのか

 明治の地租改正とともに土地の私有が認められ、「現金による徴税のために」地番がつけられ、簡易測量で絵図が作られた。これをもとに更正・編集したものを公図と呼んでいて、面積はあまり当てにならないが土地の関係性は正しいとされる。この時の測量は「土地があることを示した」ことにはなるが、「境界を確定した」ことにはならない。境界を確定するためには、現在の法律に則った復元力のある測量を行う必要がある。
 とはいえ、家々の敷地がはっきりとしている都市部ならば、公図を写真上にマッピングすればだいたいの位置は取れることが多い。水域や山林などは難しい。また、乱開発などで公図と現況が異なることもある。


●1つの敷地で1筆ではない

 ひとつの土地のことを筆とも言う(特に、単位として○筆などと使う)。家や敷地の内部に土地境界(筆界)があることは、何ら珍しいことではない。よって、それがたまたま市区町村界であるということもあり得る。両方を同じ人が所有していれば、ひとつの敷地であることに変わりはない。「必ず道路上や家・敷地の境に市区町村界がある」などとは思わないほうが良い。
 ただし、市区町村同士で土地を編入・交換するなどして形がきれいになることもある。


●道路内・河川内にも土地境界がある

 道路や河川は拡張・改修を繰り返し、そのたびに周囲の土地を削る。そこには切れ端のような境界が残り続ける(どうせ非課税なので合筆するだけ無駄なのだ)。また、元々あった里道は曲がりくねっていることが多く、現在の幅や形状とは異なっていた場合が多い。そうした経緯から、道路内にだけ大字小字の飛び地があったり、ほとんど消滅してしまった字が残っていることも珍しくない。しかし、そういった住所と無関係の飛び地は地図にはあまり描かれることはない。住居表示地域ならはなおさらだ。
 学校用地・公園用地・鉄道敷にもかつての境界が残っていることが多いが、やはり一般の地図からはなかなか窺い知ることができない。


●境界線は航空写真では見えない

 地上に存在するモノは航空写真からある程度マッピングできるが、土地境界は何かモノがあるとは限らないため、公図などの手がかりなしに写真だけから完全に描き起こすことは不可能だ。
 ちなみに、同じことが地下の構造物にも言える。航空写真から見えない地下鉄のラインや地下通路の位置は、何か特別な地下測量データを反映したのでない限り、実際の位置とずれて当たり前である。ネット地図で地下鉄のラインがそこに描かれているからといって、現地で「この下に線路がある」とは限らない。だいたいの位置を示しているにすぎないのだ。



●各地図の境界をマッピングしてみる

 近年、GoogleMapやMapionの境界線を元ネタにしてネット記事が書かれることがあるが、どちらもゼンリンのデータを使用している。これはどの程度正しいのだろうか。記事の根幹を揺るがすだけに、あまり口出しするのもどうかとは思うが、私は検証したほうが良いと思うのだ。
 ということで、葛飾区・江戸川区の境界の一部分を例として、地図各社の境界と私が公図界などから起こした境界(先日の境界協会用に作ったが現地ではほとんど誰も見てなかった模様)をマッピングしてみた。もちろん手作業なので1メートル単位の精度はないが、それぞれの出典による境界のクセがわかると思う。



●公図からの境界(赤)

 これは各種資料から私が描き起こしたもの(しかも航空写真寄り)なので多少まずいところはあるかと思うが、そこそこ「正しい」境界であることは保証する。ただし、道路内や鉄道敷内は目標物が何もないので精度はない。
 見ての通り、実際の境界は残酷なほど家々をぶったぎることがある。もちろん、土地も両側の市区町村にそれぞれ存在しているということになる。これは、現在の街区形状が昔の境界を無視して作られているからである。境界部分には元々細い水路・道路があることが多いが、理不尽に曲がりくねったこれらを活かすよりは、新しく切り直したほうが整形地になり価値も上がる。現地をよく見て歩けば、かつての水路や道路の名残もわずかに見つけることができる。
 なお東京は公図と現況のずれもけっこうひどいようである。


●ゼンリンの境界(GoogleMap=紫)(いつもNAVIMapion=薄紫)

 今では日本のネット地図データの代表格とも言えるゼンリン。GoogleMapに使われているゼンリンの境界はおおむね正しいと思うが、家屋や敷地を突き抜けることは嫌うようで、時にそれらを大きく回りこむように描かれている。図中では、西小岩パークホームズやサミットのあたりが顕著だ。薄紫は本家ゼンリンのサイトであるいつもNAVIやマピオンで採用されている境界で、Googleのものよりいくらか家屋を突き抜けており、なぜか逆に回り込んだりもしている。謎だ。
 回り込みについてはおそらく、ゼンリンの境界は住宅地図を元にするデータであり、建物や敷地がどの町丁目・大字に含まれるかをわかりやすく示すためにこうなったであろう。したがって、現地で家1軒分こちらが境界だ、というほどの精度はないところがある。散策会やネット記事などでネタにする際は、この点には注意しなくてはならない。
 家屋や敷地を回りこむところ以外は、基盤地図情報のものに近いようである。


●基盤地図情報の境界(橙)

 基盤地図情報の行政区画界線をダウンロードするとわかるが、精度の良いものと悪いものの2本(以上)が含まれている。マッピングしたのは精度の良い縮尺1:2500のもの。これは比較的公図界と合致する。ただ、地理院地図で最拡大したときに境界は表示されないので外で気軽に見ることはできないのが残念。シェープファイルに変換しマイマップにインポートすれば見られるが、線が細切れでいまいちである。


●インクリメントPの境界(青)

 これはマップファンウェブから目視で転記したので、そもそもベースとなる地図が違うということを考慮していただきたい。
 境界はゼンリンのものに近い。家屋を回りこむ傾向が見られる。また、意図はよくわからないが、妙に細かくうねることがあるようだ。


●昭文社の境界(緑)

 これは紙の地図(ちず丸BOOK東京23区)から目視で転記したので、マッピングの時点でかなり精度は落ちる。また、印刷された線が太いため正しくマッピングできたとは言いがたい。
 しかしながら、昭文社の境界は公図の境界にかなり近い。ネット地図からは撤退してしまったようだが、精度的に優秀なデータを持っていることは十分証明しているのではないか。
 なお、家屋は避けないが、道路が見えなくならないようにどちらかに寄せて描くルールのようである。道路内の境界の位置などほとんどどうでもよいので、この判断も支持したいところである。


●総評

 この地域だけに関して言えば、家屋の回り込みさえしなければ、どれもそこそこの精度はある。ただやはり、その「回り込み」を見抜けないと正しい位置は取れなさそうだ。
 基盤地図情報は国土地理院サイトからダウンロードできるし、人口集中地区の公図界については「都市再生街区基本調査成果の提供サービス」である程度見られる(本来はずれを示すための資料なので、形状を見ながら独自にマッピングし直す必要があるが)。そして手数料はかかるが、法務局やネット申請で公図自体も誰でも見ることができる。これらのうちどれかひとつでも使うことで、現地で境界として認識する位置の精度を上げられるのではないか。
 境界は漠然と引かれているのではなく、個々の土地と土地の境であるということ。必ずしも敷地の境だけが境界ではないということ。地図はそこまで万能ではないということ。地図を扱って何かを書く際や現地で何かを示す機会には、ぜひ忘れないようにしたい。

(私は逆に面倒なので地図のみを根拠に話をすることはあまりしないのだが・・・。)

0 件のコメント:

コメントを投稿